B型だもの。

分散化していく世界の片隅で。

立命館アジア太平洋大学(APU)に行った。

開学は18年前だが、東京でも大阪でも福岡でもない、大分の、県庁所在地でもない温泉地の、しかも市街地から離れた山のてっぺんに大学をつくり、世界中から学生を集めるって、正直「よく始めたな・・」と思う。

今では、50か国以上から留学生が集い、留学生と国内学生が半々。言語も文化も異なる学生たちが、4年間を共にして、卒業するときには、留学生は日本語を、国内学生は英語をすっかりマスターしているそう。

ふたりの大学生がキャンパスを案内してくれた。ネパールからきたRちゃん、上海からきたSちゃん。
受験時にどこを併願したのか尋ねると、Rちゃんはギリシャとオーストラリアの大学、Sちゃんはイギリスの大学を受けて、APUを選んだという。

まず案内してくれたのはライブラリー。エントランス近くには「PANGAEA」と呼ばれるスペースがある。かつてひとつだった五大陸を意味する言葉。

さまざまなグループワークが課せられるので、ここにに集まって取り組む。入学してすぐは、共通言語がなくて、違いに知っている言語を駆使しながら意思疎通を図る。「もう、こんなふうに、ジェスチャーも使ってなんとか伝えて」と、Rちゃんは手を振り回した。

Rちゃんは、母国語はネパール語だが、5歳まで埼玉に暮らしていたので、比較的すぐに日本語を習得した。Sちゃんは、中国語と英語、フランス語ができたが、日本語はできなかったという。(我々には日本語で話してくれたが、二人の会話は英語で行なっていた)

ライブラリーの一角には、「Writing Center」「Analitics & Math Center」があって、日英のライティングや、分析統計スキルを先輩が後輩に教えてくれる。「先輩は大学からアルバイト代も出るし、後輩は学べるからWin-Win」とRちゃんが説明してくれた。

APUハウスと呼ばれる寮は、個室とシェアルームがある。ムスリムなど個々の生活習慣によって、個室が準備されるなど配慮があるそう。一年生は寮に入るが、二年生からは退寮し、別府の町で下宿する。

一時間のキャンパスツアーの最後は、一番見晴らしがいいという、別府湾を一望するスポットへ。
すり鉢状の屋外シアターになっていて、異文化理解ウィークでは、韓国の子がK-POPを「完コピしてステージで踊って、すごい人気だったの」

地元の屋台が焼き鳥やかき氷を売りにきて、「学食に飽きた」学生が買って、あっという間に売り切れる。

夜は別府で、出口学長、今村副学長を囲んで懇親会。

「アマチュアだからできたんです」と、今村副学長はおっしゃった。

「50カ国から学生がやってくる。勝算があったわけじゃない。いったから、やる。現実がそうなるように必死で努力してきた。我々に当時もっと経験があったら、そんなことはいえなかったでしょうね。こわくて」

失われた20年。

私たちがそう呼ぶ期間に、山の上にキャンパスをつくることを夢見て、種を蒔き、世界各国を学生集めに奔走し、大学をつくりあげた人たちがいる。

卒業生たちは「チャプター」と呼ばれる集まりになって、世界にネットワークが広がっていく。

まだ18年。人をつくる仕事に、正解はないのだろう。けれども、数十年先に広がる未来を夢見て、種を蒔き続ける人たちがいる。
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