B型だもの。

分散化していく世界の片隅で。

キングコング西野氏が絵本「えんとつ町のプペル」をネット上で無料公開して話題になっている。そのおかげもあってか、Amazonでは一位を爆走している。

炎上商法とかクリエイター殺しとか、手法ではなく作品の良し悪しで判断するべきとか、いろんな意見が出ているようだ。

ただ、どれもピンとこない。それは、制作過程からプロモーションまで「全員を当事者にしてしまう」というマーケティング手法で一貫して設計されていることを考えないと、見誤ってしまうからじゃないかと思った。

ジェレミー・リフキン氏は「限界費用ゼロ社会」で、 IT技術の進歩によって限界費用(モノやサービスを一単位追加で生産する際の費用)が限りなくゼロに近づき、やがて多くのモノやサービスが無料になる未来を予想している。その結果、シェアリングエコノミーが資本主義にとってかわっていくだろうとする。

ブログやインタビュー記事を読む限り、この絵本は、以下の手法でマーケティングされてきたことがわかる。
  • クラウドファンディングを活用し、制作過程から1万人を「当事者」として巻き込んだ。
  • 「初版1万部」という出版社のオファーに対して、1万部を西野氏自身が買い取って、直販した。(+出版社からの17258724円の領収証画像もプロモーションに活用した)
  • 発売3ヶ月目で23万部を突破したところで、インターネット上でコンテンツを無料公開(現在25万部を突破)
絵本の内容は知らないけど、この販売手法そのものは、資本主義と共有型経済のハイブリッド的でとても面白い。

「初版1万部」を出版社からオファーされたということは、1万部売れれば、制作費用はおおかた回収できる計算だったのだろう。23万部売れた時点で、もはや限界費用はほぼゼロになっている(印刷や運送にかかる費用は多少発生するにせよ)。であれば、得られる利益を使って「関わる人」をいかに増やしていくかがキモになる。

昨年12月の西野氏のブログエントリーが興味深い。

ちなみに、昨日、21万部を突破した『えんとつ町のプペル』は、クラウドファンディングを使って、1万人で作った。
支援してもらうことで、作り手側にまわってもらったわけだ。
クラウドファンディングの本質は、資金調達ではなく、共犯者作りだ。
『えんとつ町のプペル』は発売 1ヶ月前の予約で1万部が売れた。

何が言いたいかというとね、

『お客さん』を増やすのではなくて、『作り手』を増やした方がいいということ。
なぜなら、『作り手』は、そのまま『お客さん』になるから。
そして、『お客さん』なんて、もう存在していないから。

制作過程に加わった時点で、ただの「お客様」ではなくて「当事者」になる。株主といいかえてもいいかもしれない。あるレストランの株を持っているとしたら、ほかのレストランよりも、きっと足を運んでしまうだろう。売上が上がれば自分の利益になるのはもちろんだけど、そのレストランが好きだったり、より良く理解することで、応援したいと思うから。

制作過程に読者を巻き込んだ上で、こんどは無数の「評論家」を生み出している。賞賛、あるいは批判を通じて、いやおうなしに「当事者」として巻き込まれていく。

西野氏がこの手法をとれたのは、もちろんテレビというマスメディアを通じて、圧倒的な知名度を持っているからでもある。しかし「『お客さん』なんてもういない」という認識に立って、「作り手」「当事者」を増やしていく手法は、マーケティング戦略上、参考にするべきところが大きいと思う。

グーグルが無料で検索エンジンを開放したのは、価格競争で他社に勝つためではない。それまでとはまったく違うビジネスモデルを構築し、ユーザーの検索行為自体を「金の成る木」にしたからである。

「えんとつ町のプペル」から学ぶべきなのは、限界費用ゼロ時代のマーケティング手法だと思う。
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