B型だもの。

分散化していく世界の片隅で。

「しっかりせい、DeNAという謎のサイトができていたが、私は日経ウーマンの南場智子さんのインタビューを読み返している。マッキンゼーのマネージャーになりたての頃のエピソード。

ひとつ頼みがある、と社長は切り出した。自分の社長としての評判を部長クラスに聞いてもらえないか、ということだった。個人名はいらないから、と付け加えた。社長の部屋に呼ばれるのはパートナー(*注:コンサルティング会社の共同経営者、取締役クラス)の仕事と決まっている。それがマネージャーになりたての私を呼んでくれたのだ。社長に信頼されて個人的に頼みごとをされたことを意気に感じてしまった。自ら改革の旗振りをしている社長の孤独さが伝わって痛ましくもあった。

 あろうことか私は忠実に実行した。聞いてみると思いのほか社長は理解されていない。とにかく批判が多いのだ。ご丁寧にレポートまで作って食事の席でそのまま伝えた。社長は一読してレポートを片手で握りつぶし、ぞんざいに放り投げた。ひとこと「だれもわかっちゃいない」とだけ言った。その後本件には一切触れられなかった。

 なぜあのとき黙って引き受けたかなぁ ……。なぜ、シャチョーっ、回りの評判なんか気にしないで、って元気付けてあげられなかったのだろうか。部屋に呼ばれて胸襟をひらいてくれたそのときが、まさにチャンスだったのに……。若すぎて生意気言えなかったなら、せめてウソの報告書を出すべきだったのではないだろうか。カラオケ連れてって、部屋に閉じ込めて「それが大事」を三回連続絶唱してあげたほうが良かったかもしれない。大企業の社長だって家では単なる足のくさいオヤジだったりするわけで、責任をひとりで背負い込む立場は寂しいことも多いと思う。そういう一人の人間に、何の力にもなってあげられなかった。猿のお使いのような目的意識のない「そのまんま作業」で、もっと孤独にしただけだった。

ええ話や。

正確なリサーチをするよりも「それが大事」を三回連続熱唱する方が大事な場面って、たくさんあると思う。

川の向こう岸に渡りたいクライアントがいたら、正しい泳ぎ方のフォームを教えるよりも、どっかからボートを調達してくるなり、一緒に川に飛び込んで引っ張るなり、やり方はなんでもいい。向こう岸に辿り着けさえすればいいのだから。

誰もがギリギリのところで戦っている。震える足元で頂上に挑む。その歩みの力になれなければ、アドバイザリーの意味なんかないのだと、読むたびに思い知らされる。
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