B型だもの。

分散化していく世界の片隅で。

以前ある経営者から聞いた話を、最近よく思い出す。
「福沢諭吉は世論をつくろうとして、3つのものをつくった。なんだと思いますか。
それは、学校(慶應義塾大学)と、メディア(時事新報)と、サロン(交詢社)です」
調べても出所がわからないので、福沢諭吉自身がそういったのかどうか定かではないのだが、結果としてそうなっていることは確か。 

このところ大企業だけでなく、スタートアップ企業がオウンドメディアや自社カンファレンスを立ち上げる事例が増えている。マネーフォワードとかアソビューとかスペースマーケットとか。

ブログやSNS、オンラインサロンで発信する有名人もたくさんいて、DMMをはじめオンラインサロンビジネス花盛り。

自社(自分)をメディア化し、発信していけるかどうかが、企業にとっても個人にとっても生存戦略になりつつある。

オウンドメディアをつくる費用は、もはや限りなくゼロに近づく一方で、さまざまなマネタイズ手法が生まれ、メディアやコミュニティを通じて育まれる関係性がいっそう重要になってきている。

そしてホリエモンがオンラインサロン「ホリエモン大学校」を立ち上げたように、この流れは、教育の分散化につながっていくんだろうと思う。オンライン学習にかかる費用も、限りなくゼロに近づいている一方で、ファンとのエンゲージを強めるまたとない機会になる。 

かつて福沢諭吉がそうしたように、「新聞」「学校」「サロン」というメディアミックスを模索する企業や個人が増えている。

NewsPicksの佐々木紀彦編集長は著書「5年後、メディアは稼げるか」の「おわりに」で、「起業家ジャーナリスト」としての福沢諭吉に触れている。政党の御用新聞ばかりだった時代に、独立独歩のメディア「時事新報」を立ち上げ、それまでなかった広告モデルを確立させた。

この本によれば、福沢親子が時事新報で行ったことは、たとえば以下のことがあるという。
・イベントの充実: マラソン大会、美人コンテスト、音楽会、コンクール発表会を主催
・コミュニティの形成: 福沢が設立した日本初の実業家の社交クラブ、交詢社との連携
・海外報道の充実: 英通信社ロイターとの独占契約
・書き手の多様化: 女性ジャーナリストの積極登用
・コンテンツのエンタメ化:時事漫画の確立。はじめて漫画家を新聞に起用
・デザインへの配慮: ピンクの新聞用紙に切り替え、他社との差別化
・テクノロジーへの先進性: 英国から最新鋭輪転機を購入。昭和7年にはカラー印刷を開始
・データ情報の充実: 天気予報、商況、物価動向をはじめて新聞に掲載
・コンテンツの二次利用: テーマ別の社説を連載し、終了後は書籍として出版
・ジャーナリズムの独立: 誇大広告の多い売薬業者を記事で批判。多数の広告主を失う
なんとゆーか、「現代か」「現代のネットメディアの話なのか」と突っ込みたくなるほど。

インターネットの進化によって、メディアのあり方が激変する一方で、オンラインとオフラインをミックスした新たなコミュニティや学びの場が生まれようとしている。

企業も個人もメディア化し、自社(自身)を媒体とした情報発信が求められる中で、稀代のメディアプロデューサーであった福沢諭吉に学ぶところは大きいと思う。
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