B型だもの。

分散化していく世界の片隅で。

初めて網走を訪れることになり、宿は「オーベルジュ 北の暖暖」を手配した。

網走駅まで迎えに来てくださった網走市議のKさんにそう伝えると、ぶっと吹き出した。「暖暖ですか? わはははは!」

その後ご紹介いただいた、東京から網走に移住した女性経営者Yさんも吹き出した。一体どんな宿なのだ。

「いや、いい宿ですよ」Kさんは笑いながらいう。「でも好き嫌いは完全に分かれますね。トヨタ自動車の豊田章男さんも常連みたいですよ」

網走湖湖畔、国定公園の中に建つ暖暖。近づくにつれて、あちこちに謎のオブジェ。

フロント前。
宮崎駿の映画に出てきそうなおじいさんに案内され、廊下を通って部屋へ。 廊下をうめ尽くす謎の置物。
部屋の名前は「愛の緑」。ほかの部屋の表札も見てみると、すべて蝶の名前なのだった。「社長が蝶マニアで、世界中に蝶を採りに出かけちゃうんですよ」Kさんの言葉が甦る。
部屋も和洋一体。窓からは網走湖が一望できる。
まずはお風呂へ。 大浴場、露天風呂、貸切風呂は全部で3つ。10室程度の客室に対して破格の設備。

露天風呂へ向かう道。
さらにその先の道。
露天風呂からも網走湖が一望できる。 しばしのんびりとして、時間通りに1階のダイニングルームへ。 日本酒の看板とマリリン・モンローの写真が何の違和感もなく同居・・・していない。
ディナーはコース仕立て。
人参ムース網走産生ウニ添え。
ムースは濃厚な甘みを舌の上に残しながら、淡雪のように消える。ウニがたくさん。甘い。とにかく旨い。

カレイとよもぎ麩の湯葉包み。 
これは、ほかの料理に比べるとやや劣るかも。火を通しすぎたのか、ヒラメの白身が少しぱさつく。しかし出汁は旨く、合わせた野菜の滋味が沁みる。

ヒラメのソテー。表面がかりっと焼かれて、身肉はジューシー。旨い。
タラバ蟹のレモンオリーブ風味。
これは今回の北海道旅行の白眉。というか、これまで蟹というものを何も理解していなかったのだ私は。とても旨いけれど、やや繊維質で、時に水っぽい。それが蟹だと思っておりました。

タラバ蟹一本、とにかく大きくて、口いっぱいに頬張ると、繊維っぽさはひとつもなく、プリプリとした物体から甘みと旨みが容赦なく溢れてくる。こんな物体があっていいのだろーか。ひたすら至福、陶然とする。それがなかなか減らない幸せ。これ食べるためだけに網走にまた行きたい。

網走和牛とフォワグラのソテー。
飽きるほどフォワグラ食べたの初めて。網走牛は柔らかく、じゅわじゅわと旨みが溢れてくる。ひとくちひとくち、噛むことが幸せ。食べられて幸せ。

シェフ手作りデザート。
すべてにおいて間然とするところがない。サービスは宿の若いお兄ちゃんだが、体育大学でも出たかのように折り目正しく、適度に親しみやすく、気配りが良い。

夕食中にお兄ちゃんから、翌日の朝食を案内される。洋食・和食・イクラ丼の三種類から選べる。
夏休み中の三連休前の金曜日、私を入れて三組計四名しか客いないのだが。三種類も朝食用意して大丈夫なのか。他人事ながら心配になる。しかしお兄ちゃんたちは、実に楽しそうにきびきびと給仕を続けるのだった。

朝食会場。眼の前には網走湖を望むテラス。たまにシマリスが柵をよじ登ってくる。
イクラ丼。おかわりし放題。
豆腐とネギがどっさり入った味噌汁。お椀の底にはシジミがたくさん沈んでいる。

食事。内装。風呂。すべてに表れた過剰なまでのサービス精神。シンプル・イズ・ベストという言葉とは無縁のホテル。けれども、不思議とそれらが調和している。しっくりと馴染んで、実に居心地の良い空間をつくり上げている。

供給者の趣味を隠すのではなく、最大公約数のマーケティングでプロデュースするのでもなく、ひとりの人間の趣味と世界観を徹底的に具現化している。それが押しつけがましくないのは、客に対する愛情と心遣いに満ちているからなんだろう。

その後の道東旅行では、形ばかりつくろった素材の悪いフレンチディナーを食べて、正直にいえば辟易することもあった。暖暖の料理は、ある意味シンプルだ。自分一番美味しいと思うもの、至高と思うもの、それを衒いなく差し出す。そのストレートさ、虚飾のなさ。

きっとまた網走を訪ねてしまう。あの世界に身をひたしに。できれば何日も滞在したい。今度は流氷の季節がいいかもしれない。
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